始まりは築地の造船所から

川崎重工業株式会社の始まりは、1878年東京は築地で産声を上げた「川崎築地造船所」まで遡ります。そしてその後起こった戦争などを背景に、造船の需要は急増。企業として飛躍的に大きくなった同社は1906年には国内初の潜水艦、1922年には自社製の飛行機を完成させるまでになります。また、あの有名な機関車デゴイチことD51形貨物用蒸気機関車も、実は同社が手掛けたものです。そして1939年に社名を現在の川崎重工業に変更することになりました。

モーターバイク製造へ

第二次世界大戦終了後、川崎重工業で飛行機生産を請け負っていた川崎航空機工業は、敗戦国として航空機生産を禁止されることになりました。この川崎航空機工業がこのような困難にあたり、その持っている技術を活かすために選択した道の一つが「バイクエンジン」だったのです。

航空機エンジンの技術を活かし、バイク用空冷2サイクルエンジンを販売した同社は、その後大型二輪車メーカーであり、4サイクルエンジンの技術に優れていた目黒製作所を吸収し、徐々にその名声を高めていきます。そしてカンパニー制度を取る川崎重工業の社内カンパニーとして、現在は「川崎重工業モーターサイクル&エンジンカンパニー」という名前で、その売り上げにおいて川崎重工業内でも大きな位置を占める企業となっているのです。

以上がかいつまんだバイクメーカーカワサキの歴史です。バイク制作のきっかけがやむを得ない事情だった、という所にこの企業の歴史の不思議さを感じずにはいられませんよね。